名古屋地方裁判所 昭和38年(行)28号 判決 1970年7月28日
名古屋市北区金作町三丁目七番地
原告
曾根化学窯業株式会社
右代表者代表取締役
曾根昇三
右訴訟代理人弁護士
原田武彦
同
大橋茂美
名古屋市北区金作町四丁目一番地
被告
名古屋北税務署長
清水善一
右指定代理人
服部勝彦
同
西村金義
同
中野長夫
右指定代理人
植田栄一
同
和田真
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、原告
被告が、原告の昭和三一年四月一日から、昭和三二年三月三一日までの事業年度の法人税について、昭和三七年五月二六日なした再更正決定のうち所得金額六、八四九、〇六八円を超える部分はこれを取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、被告
主文同旨の判決。
第二、主張
(請求原因)
一、原告は、昭和三一年四月一日から昭和三二年三月三一日までの事業年度(以下「昭和三一年度」という。)の法人税について昭和三二年五月三〇日訴外名古屋東税務署長(以下「東税務署長」という。)に対し、別表確定申告欄記載の確定申告をなした。
二、ところが東税務署長は同年一一月二六日、別表更正欄記載の更正をなし、そのころ原告に通知した。
三、その後原告は、右更正にかかる所得金額に不足があることを発見したので、昭和三七年三月二九日、別表修正申告欄記載の修正申告を東税務署長に対してなした。
四、ところが東税務署長は同年五月二六日別表再更正欄記載の再更正(以下「本件処分」という。)をなし、同日原告に通知した。
五、そこで原告は昭和三七年六月一五日同人に対し再調査請求をなしたが、同年九月六日東税務署長は請求棄却の決定をなし、そのころ原告に通知した。
六、更に原告は昭和三七年一〇月二日訴外名古屋国税局長に対し審査請求をなしたが、昭和三八年八月二三日同局長は右請求を棄却する裁決をなした。
七、その後大蔵省組織規定の改正によつて、被告が東税務署長の事務を承継した。
八、本件処分には次のような違法がある。すなわち国税通則法第七〇条第一項によれば、法定申告期限より三年を経過した場合には更正をなしえないところ、本件処分は法定申告期限たる昭和三二年五月三一日より三年を経過した後である昭和三七年五月二六日になされたものであるから違法である。
九、よつて本件処分の取消を求める。
(被告の答弁および主張)
一、請求原因第一項ないし第七項記載の事実は認める。第八項記載の事実のうち本件処分が法定申告期限より三年を経過した後になされたことは認めるがその余は争う。
二、本件処分には何ら違法はない。すなわち
(一) 原告は、戦前より訴外千年殖産株式会社所有にかかる名古屋市港区港陽町所在の土地を賃借し、同土地上に工場建物を所有して営業を行つてきたのであるが、昭和三一年六月原告と右訴外会社は右土地の賃貸借契約を解除し、原告は右土地上の建物を取去して該土地を明渡し、同訴外会社はその代償として右土地の一部一、六七五坪(以下「本件土地」という)を原告に譲渡する旨の契約を締結し、右契約にもとずき原告は昭和三二年二月末日までに右建物を収去して右土地を明渡した。よつて右明渡と同時に本件土地は原告の所有に帰した。
(二) よつて原告としては、昭和三一年度の決算に際しては当然本件土地を会社資産として計上したうえ、法人税確定申告をしなければならないのに原告は敢えてこれを会社資産に計上せず、所請簿外資産として処理していたのである。
(三) しかるところ、昭和三七年三月本件土地が名四国道用地として買収されるに至つたので、原告は経理の必要上、漸く本件土地についてその総額を五〇〇、〇〇〇円として、昭和三一年度に遡つて資産に計上したうえ、修正申告を当時の所韓であつた東税務署長に提出したのである。
(四) しかしながら、東税務署長が右修正申告について調査したところ、原告が所有権を取得した当時の本件土地の価額は坪当り一〇、〇〇〇円と認められたので、同税務署長は本件土地の価額を一六、七五〇、〇〇〇円と確定して、本件処分をなすに至つたのである。
(五) ところで、国税通則法第七〇条第二項第四号によれは、申告に際し「為りその他不正行為」がある場合には法定申告期限から五年以内更正(再更正を含む)をなしうるところ、原告には、左記事由により、「為りその他不正の行為」があつたものというべきである。すなわち、
(1) 原告は青色申告法人として、備付け帳簿等について継続して経理全般を続括せしめるため、訴外加藤高を雇傭し、同人をして経理記帳の事務に当らしめていたものであり、従来も営業活動によらない有形、無形の財産を取得した場合、例えば預金利息、賃貸料等の財産を取得した場合の会計処理にあたつては、原告提出の確定申告書の損益計算書中、営業外収益項目に計上された数額から見ても明らかなように、適切な処理をしているのであるから、本件土地の場合も法人税法また簿記会計学上の原則に従い、合目的的に解釈処理し得たものである。また昭和三一年度の法人税についての確定申告書は、訴外税理士真鍋政雄に委嘱し、同人を通じて税務署に提出しているのである。かような事実から考えれば、原告が本件土地の経理上、税務上の取扱いについて充分な判断力、経理能力を有していたことは明らかである。
(2) 原告が右訴外会社に対し賃借地を明渡したのは昭和三二年二月末日であり、従つて、原告が本件土地の所有権を取得したのは昭和三一年度中であつて、このことは原告も充分認識していたのである。
(3) また、一、六七五坪という広大な本件土地の取得についてその取得が無償であると有償であるとを問わず、原告会社にとつては極めて重要な事項であるにもかかわらずかりに未登記であつたとしても、その資産計上について何らの検討も加えず、五ケ年近くも放置しておいたのは原告に簿外資産として本件土地を処理しようとの故意があつたからに他ならない。
(4) 以上の事実から判断すれば、原告の所為は昭和三一年度の正当な法人税額を免れるためになした「偽り、その他不正の行為」に該当するものというべきである。
(5) そして本件処分は法定申告期限から五年以内である昭和三七年五月二六日になされたものであるから、本件処分には何らの違法も存しない。
(原告の答弁および主張)
一、被告の主張のうち(一)の事実は認める。(二)の事実のうち、原告が本件土地所有権を取得した後昭和三七年三月まで会社資産に計上なかつたことは認めるが、その余は否認する。(三)、(四)の事実は認める。(五)の事実のうち国税通則法第七〇条第二項第四号に被告主張の如き規定が存することは認めるが、その余の事実は争う。
二、原告が本件土地取得による利益を申告しなかつたことについて「偽りその他不正の行為」は存在しない。すなわち本件土地は借地権放棄即ち建物収去土地明渡の代償として取得したものであつてその帳簿上の正確妥当な処理は、その時期、方法、価格等の決定について至難な問題を含み、法律専門家でも税法専門家でも、その帳簿上の処理の的確さを期待しえなかつたものである。また原告としては借地権なる帳簿上の資産勘定が半分の土地の所有権に減縮されたにすぎないから評価益ありとは考えていなかつたのであり、しかも本件土地につき第三者への対抗要件たる登記も未了の際であつたので確定申告時において本件土地取得を計上することは、思いも及ばなかつたのである。
第三、証拠
原告訴訟代理人は、甲第一ないし第八号証を提出し、証人加藤高の証言を援用し、乙号証の成立は認めると述べた。
被告指定代理人は乙第一ないし第五号証、第六号証の一ないし三、第七号証の一ないし六、第八号証を提出し、証人浅野四郎の証言を援用し、甲号証の成立は認めると述べた。
理由
一、原告は訴外千年殖産株式会社より名古屋市港区港陽町所在の土地を賃借し、工場を経営していたところ、昭和三一年六月頃右土地の賃貸借契約を合意解除し、右土地を明渡すことになつたので、その賃借権消滅の代償として、右賃借地の一部たる本件土地を右訴外会社より譲受けることとなつたこと、原告は昭和三二年二月末日までに右賃借地を明渡し、本件土地の所有権を取得したこと、その当時の本件土地の価額は一六、七五〇、〇〇〇円であつたこと、原告は昭和三一年四月一日から昭和三二年三月三一日までの事業年度(昭和三一年度)の法人税確定申告において、右土地請受けによる所得を申告しなかつたが、その後昭和三七年三月二九日に至り、東税務署長に対し修正申告をなし、右土地の五〇、〇〇〇円と評価して所得の申告をなしたこと、これに対し同税務署長は昭和三七年五月二六日再更正(本件処分)をなし、右土地の所有権取得による所得を一六、七五〇、〇〇〇円と認定したこと、右再更正に対しては適法な不服申立の手続が経由されたこと、被告が東税務署長の事務を引継いだことは、いずれも当事者間に争いがない。
二、そこで本件処分が国税通則法第七〇条第一項に違反するや否やについて案ずるに、成立に争いのない乙第一ないし第五号証証人加藤高、同浅野四郎の各証言を綜合すれば次の事実が認められる。
原告は訴外加藤高に専属的に経理を担当せしめており、又税務に関しては税理士真鍋政雄に相談していたから、税務上の処理能力には何ら欠けるところはなかつたのであるが、昭和三二年五月三〇日当時本件土地の所有権移転登記が未了であつたことを奇貨とし、本件土地を資産勘定に計上することも、又その所有権取得による所得を申告することも敢えてなさず、昭和三二年五月三〇日東税務署長に対し、右土地の所有権取得による所得を全然計上しない虚偽過少の確定申告書を提出した。
ところがたまたま昭和三六年一二月頃本件土地が名四国道の敷地として買収されることになり、その代金が昭和三七年三月三〇日に支給されることとなつたので、原告は本件土地を資産勘定に計上する必要に迫られた。よつて原告は急遽これを五〇〇、〇〇〇円と評価して資産勘定に計上すると共に昭和三七年三月二九日、昭和三一年度の法人税につき修正申告をなすに至つた。かくして右土地の所有権取得は東税務署長の知るところとなり、本件処分がなされるに至つたのである。甲第二、六号証の記載および証人加藤高の証言中、右認定に反する部分は措信しない。
以上認定の事実を綜合して考えると、原告が昭和三一年度法人税の確定申告において、本件土地の所有権取得による所得を故意に計上しないで、虚偽過少の確定申告書を税務署長に提出したことは国税通則法第七〇条第二項第四号にいう「偽りその他不正の行為」に該当するものというべきである。よつて東税務署長が昭和三七年五月二六日なした本件処分は適法である。
三、本件処分の計算関係が正当であることは当事者間に争いのないところである。
してみれば本件処分は適法であるというべきであるから、これが取消を求める原告の本訴請求は失当として棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松本重美 裁判官 上野糖 裁判官 将積良子)
別表
<省略>